猫と住んでいたことがある。犬も飼っていたが・・・。その猫のコトを今日は想い出した。あいつとの想い出はいくつもある。
家に居つくが、人には よそよそしい、猫とはそんな動物だ。気が付くとそこにいるが、離れて座って自分のお腹を舐めていたりする。猫は名前を呼んでも近くに来ない。名前が分かっていないのかもしれない。こっちが勝手に名前をつけただけだ。 同居人(人間)のことなど気にもならないように振る舞っているが、餌をやる支度を始めると いつの間にかすぐ後ろで待っていたりする。 猫は利口だが 犬のように人に媚びない、気高い魂を持つ。 そのくせ 猫はしぐさがとても愛らしく、そこにいるだけで人を癒す魔力を持っている。 ある日、父が犬を拾ってきてから、猫の平穏な日々は終わった。 家の中の巨大な天敵?に肩身が狭くなった猫は、犬から身を守れる机の上やソファの上に避難するようになった。餌も別々にやる。(でないと犬に食べられてしまう)いつからか、私の部屋に遊びにくるようになった。よく朝起こしてくれたっけ。
その猫は、前足の爪がなかった。前の飼い主が家具を傷つけないように手術をしたのだろう。(猫は、家具や柱で爪を研ぐ習性がある) それでも持ち前の跳躍力を発揮して上手に木に登った。が、降りてくるのが苦手らしい。いつも、ドサッと落ちてくる感じで降りてくる。行きはよいよい、帰りは怖い、そんな感じだ。一度、ガレージの屋根裏の柱から降りられなくなってじっとしているところを2日ぶりに救済したことがあった。落ちてくるのを受け止めてやった。怪我をしていた。
猫は喋れない。だから怪我や病気を発見するのが遅くなる。その度に、マヌケな飼い主はココロを痛める。(ごめんね。気付いてやれなくて。)(昨日からお前はここに動けずにいたのか…?)猫は返事をしない。でも 「ニャ」と小さな声でなく。舌で私の指先を舐めた。なんだか涙がでた。
ほんの少しだが、犬が猫に慣れ、猫が犬に慣れてきた頃。決して仲は良くないので、同じ部屋にいても必ず3mくらい離れた場所に陣どる。 ソファの上で猫が寝ていた。 ある日、猫が気付かないくらい自然な動きで、ソファの下で寝ていた犬が顔を伸ばして猫の鼻先をペロッと舐めた。瞬間、猫が飛び上がった!「ギャー!!」という顔をしていたが、あまりに驚いて声は出ず、恐怖に身構えて、敵を威嚇するポーズ(背中を丸める例の戦闘猫ポーズ)をとった。その「ぎ・こ・ち・な・い」 一連の動きが可笑しくて忘れられない。
猫が、隣の家の屋根に(まったくどーゆーわけだか)登ってしまったことがあった。夏の日だった。暑い。そのうち帰ってくると思っていたが、戻ってこない。 表に出て隣の屋根の上に向かって 猫の名を呼ぶ。名を呼ぶ。ふと考える。名を呼んでも答えたことがない猫を、呼んでいるのだ。私って…。ゆっくりとこっち側に来る影がある。猫がこっちを見た。目が合った。(おまえ、私が呼んでいるのが分かったのね。) やっぱり、さっき見た屋根上の猫はあいつだった。猫に表情がないというのはウソだ。明らかに困った顔をしていた。情けない顔。一瞬で通じた。降りられなくなってしまった…。そう言っている。途方にくれた顔のまま猫は立ち止まった。
何を思ったか、猫がまた動き出した。 屋根の上を 家の裏側へと歩く。 隣の家の裏庭の塀をじっと見下ろしている。裏庭に続く塀がある。猫の跳躍力をもってすれば、その塀の上に降りてから、もう一度こちら側に飛べば、楽に降りてこれる。しかし隣の家の裏庭には、キャンキャン!吼える犬がいる。失敗は許されないのだ。じーっと塀を見ていた猫が、飛び降りられる地点まで降りて行って構える。しばらくジーッとしている。決心したのか。頑張れ! しかし暫くの後、怖いのかあきらめて戻ってきた。私の顔をもう一度見る。怖くて…飛べないよ…。そう言っている。(おまえ、情けない猫だなぁ)
飛び降りるのは苦手なのだ。前足の爪がないことが影響しているんだと思う。飛び降りる先が、枝の上、塀の上、不安定な狭い場所に下りた瞬間はバランスが崩れるが、もう一度跳躍する間際に、爪を引っ掛けて猫は瞬時に体勢を立て直す。それがこいつには上手くできない。自覚しているのだ。バカな奴…。多分、高いところに登りたい猫の習性から何度もこんなことを繰り返して、怖い思いをしてきたに違いない。今日は よりに寄って最悪の場所に登ってしまった。隣の家の屋根の上に何時間いるんだろう。このままだと、日射病じゃないけど、死んじゃうぞ。
猫に話しかけた。「降りといで。降りといで。この前みたいに必ず受け止めてあげるから」 猫はじっとこっちを見る。「降りといで。こっちに飛んでみな。大丈夫。必ず受け止めてあげるから」 かなりの高さがある。手を広げてやった。猫は二、三歩前に出た。じっと私を見て構えているが、結局、降りてこない。諦めてまた屋根に上ってしまった。お前、そんなに怖いのか。猫だろう? 私も小1時間表に立ち尽くし、途方に暮れる。
その時、ひらめいた。猫が大好きな段ボール箱。幅30cm、長さ50cm、深さ30cmくらいのあいつの城。3日に1度は中で寝ている。その箱を持ちだしてきた。再び猫を呼んで話しかける。「この中に飛んでごらん。大丈夫、できるよ。怖くない。」 猫は私を見ている。ちゃんと話を聞けよ、もういちど言うから。「この中に飛んでごらん。おまえ猫だろう。飛べるだろう。ここなら犬もいないよ。怖くない」 隣の家の屋根の下に立ち、ダンボールをめいっぱい持ち上げて頭の上に差し上げる。なるべく屋根に近づける。(降りて来い、飛んでみろ。きっと大丈夫、頑張れ!)
しばらくの沈黙の後、ドサッと、手ごたえがあった。ダンボールを持ち直して中をみるとあいつがいた。バカな奴。本当に手のかかるバカな奴。 猫には表情がないと人は言うけど、なんだか「照れくさい」表情をしていた。 それから「ニャ」と小さく鳴いた。「ありがとう」という顔をして。 (お前、やればできるじゃん。すごいじゃん) やっと 猫に「安心」の表情が戻った。
それから長い間 私達はいい友達だった。 そんな気がする。